かつてHIVは「死に至る病」でした。今や治療薬が多数開発され、病気の進行を抑えることができるようになりましたが、HIVは一度感染すると体内から排除することはできず、生涯薬を飲み続けなければなりません。HIVやエイズについて報道されることもほとんどなくなり、人々の意識から消え去ってしまったようにも感じますが、決してこの世からなくなったわけではありません。エイズ動向調査委員会の報告によると、日本は2018年末の時点でHIV感染者20,836人、エイズ患者9,313人、計30,149人と3万人を超えています。つまり、まだまだ予断を許さない状況にあるというわけです。とはいえ、正しい知識さえあれば十分感染を防ぐことのできる病であることも確かです。そして、何よりも恐ろしいのは、誤った知識による差別や偏見だということです。
舞台はアメリカの小さな町にある小さな劇団です。たまたまチェーホフの「熊」を上演しようと準備をしていたある日の出来事・・・HIVという病を改めて知ると同時に、かつてあったHIVやエイズに対する偏見や差別が、決して過去の物語ではないことを今だからこそ、若い人たちに知ってほしい。そして、共に乗り越えていって頂きたい・・・そんな願いのもとに制作いたしました。
ここはアメリカのある町の小さな劇場・・・喪服姿の演出家フレッドが、誰もいない舞台に一人立って、十年前、同じ場所でチェーホフの「熊」を上演した時の事を、感慨深く思い出していた。
初日を明日に控えたゲネプロの日、裏方のバーバラの汗が顔にかかったと言って、照明のキャサリンが突然大騒ぎを始めた。バーバラの別れた恋人が、ニューヨークでエイズにかかっていて、もしかしたらバーバラもHIVに感染しているかもしれないという噂が原因だった。それをきっかけに、バーバラに対する差別があからさまになる。それは、エイズという病気への認識不足からくる誤解と偏見だった。
劇団員の心はバラバラになり、演出のミスター・コリンズさえ手を焼く始末であった。あのままだったら、きっと公演ができなかったに違いない。そう、ラルフがいなかったら・・・ラルフは、その時の「熊」でも主役のスミルノフで、劇団員の誰からも尊敬されていた。その彼が舞台に全員を集め、彼の説得で、ようやく皆が納得し、ゲネプロが開始される・・・劇中劇「熊」(チェーホフ作)上演
しかし、妙なことに、この公演では演出が変えられていた。原作では、恋に落ちたポポーブとスミルノフのキスで幕が下りることになっているのに、最後は二人が抱き合うだけの幕切れである。しかも、ラルフは手袋をしたままで・・・。ミスター・コリンズは「きれいな型で緞帳を下ろしたいから・・・」と説明するが、腑に落ちないマーシャは憤懣を爆発させ、再び劇団は騒然となる・・・。
★チェーホフ作「熊」
7か月前に夫を亡くしたばかりのポポーブは一生喪服を着て暮らす覚悟、誰にも会わず部屋に引き込もっている。そこへ突然、田舎の地主スミルノフが、ポポーブの夫に貸した金を今すぐ返せと、乗り込んでくる。彼にも借金があって、明日中に返済しなくては土地を取られるというのだ。お金のことを考えたくないポポーブは明後日なら準備出来ると返し、二人は平行線のまま・・・やがてポポーブがスミルノフを熊と侮辱したことから、決闘騒ぎにまで発展するが、なぜかお互いに惹かれ合い、結局二人は・・・
<作品情報>
・作/村田里絵(劇中劇「熊」A.チェーホフ)
・演出/平塚仁郎
・上演時間/約110分
・対象/高校生・一般